未解決事件 和歌山警察東署「鳥徳ビルに関する事件」


ようこそ




自殺じゃないと言い続けて 16年・・・・

3月11日の大地震で被害に遭われた方々を想うと 目の前の現実に付いて行けず
助けられなかった自分を責め 動く事もできず ただ色の無い景色に漂う匂いが身体に記憶し
眠る事も食べる事もできず 涙さえでない 生きてる事への自責の念に苦しみ
1秒1秒 息をすることしか出来ない あの時の自分に重なります。
でも 1秒1秒 息をしている自分を褒めてあげてください。
今は それだけで 充分です。
これからも 苦しい事は これだけで収まらないかもしれませんが いつか 人のやさしさに
嬉し涙を流す時が来る日もあると信じてほしいと 心からお祈り申し上げます。康政の母

H11年12月27日午後2時から4時頃康政を見かけた方、どんな小さな事でも
結構ですので、教えてください。よろしく おねがいします。

ICUで「生きたい」と頑張ってる康政に病院内で「自殺」と決めた書類に署名捺印
を強要して来た警察官達。
警察は息を引き取ってから一度も康政を見ることなく死因は病死となったまま火葬された。
康政の左目の張れあがった青あざと涙が今も生命のメッセージを伝えます。


2015.8.4〜9 大阪堺市役所「生命のメッセージ展」開催
           加えて昨年の開催での賛同を得て今年は
           近くのイオンモールでの開催も追加されました。

2015.9.9(康政の誕生日に)
  「なみだ」
あかつきに 立ち昇る霧の神々しさ・・・・(誕生)・・・よろこびの涙
黒雲広がるいなびかり 降りやまぬ雨 あめ・・・(別れ)・・・失意のなみだ
静かに佇む木々におふる露・・・・(現在)天から降ったあなたのなみだ?私の身体からにじみでたなみだ?

  

 2014.12.29 14回目の命日 曇り 身体に染み込む冷たい風
白一色の花束、色とりどりの花束、赤いガーベラの花束、
花瓶に入りきれないほどの水仙の花々、重陽の節句に生まれた康政の為に届いたかのような
大輪の菊の花束とお供え 仏壇には多くの方々のお気持ちが今も届く 有難い事です。
父がいて 母がいて 悲しむ家族がいる子でした。 

2014.12.13〜14「いのちの言葉プロジェクト」のメンバーとして
              三重県の5大学で”いのちのキャンパス”開催され
              皇学館大学にて 講和させていただきました。            



2014.8.1〜8 大阪堺市役所「生命のメッセージ展」開催担当
            来場者の感想が沢山集まり 関心が高く心に届く
            開催となったのは ありがたかった。

2014.5.10 今日は 母の日 いつも肩たたき券や手紙 「お母さんに似合うやろ」
          とお父さんに言ってたそうな 青いポロシャツ
          最後は スリッパだった はかずにいたら「僕がはこうか?」と
          「もったいなくて はけないんだよ」と言うと笑顔・・・だったな・・・   



2012.12.29 
丸谷康政の13回目の命日を忘れず訪れる人たちに感謝する命日でした。
残念ながら命を守り、助ける職務を担う人たちに人間としての尊厳を踏みにじられた悲しみは
情動記憶として私の身体に残っていますが 丸谷康政が生きたかった思いは 死因究明制度や
殺人の時効が無くなったことに貢献できました。
 康政は 日本の社会秩序が守られ生命が守られることを願っています。

2012.9.26 和歌山市民会館で 101歳の 日野原Drの講演を聞きに行きました。
@事件に遇った時A素晴らしい生き方をしている人と出合った時B環境が変わった時
人はどう自分の人生を生きるか考える
自分の人生は 自分がデザインできるんだと言う事を伝えておられました。 

2012 6月15日(金)下記の報告がありました。
警察署長の許可があれば 遺族の了解無しで解剖されるそうです。
こんな法律が無くても 捜査はできるのですから 
亡き人の声を どこまで聞こうとしているのか 使う人のお人柄が問題になります。
どうか 本当の事を書類に残してほしいです。
分からないことは 分からないと書いてもらったほうが まだ 遺族は救われます。
「殺人」の時効も無くなったのですから 無理に署名捺印させて 終わらせる事は
しないでほしいです。
この法律は 亡き人の声です。
予算を取るだけの方法にだけは 使われず 未来にいのちを守れる方法として
使ってほしい・・・
この世に 生まれさせてもらった 私たちには この奇跡を感謝して生きなければならない
先日の金環日食のすばらしい自然の姿 私達は その自然の中のひとつなんだと思った。
 
丸谷様 こんにちは。

 いつもありがとうございます。

 本日、「死因究明2法案」が完全に可決されました!!

 これも丸谷さんはじめ、多くのご遺族が声を上げてくださったおかげです。

 そして、康政 君、ありがとう!!

 下記の参議院テレビで、本会議をクリックしてください。

 0018 前後を見てくだされば、そのシーンを視聴できます!!

http://www.webtv.sangiin.go.jp/webtv/index.php

 まずは取り急ぎ、ご報告まで。

2012.6月1日〜2日 生命のメッセージ展 全国矯正展開催
               科学技術館(九段下)
              東京都千代田区北の丸公園2番1号にて
(ここで 販売されるハートグッズは 私が担当し 多くの仲間の協力で 心を込めて作りました。)

H23.12.28(2011) 12年前の午前3時までの数時間を想う
苦しみも 悲しみも 憎しみも変らないまま この日を過ごす。
あの警察官たちは 家族の誕生を祝うように「いのち」を喜ぶ日々を過ごしているのだろうか
何度この日が来ても 息子が殴られ助けを縋った日が蘇り 康政に関わった警察官達は
今も同じことをしているのだろうかと案じて過ごす。 
貴方には母は居るか 子は居るかと問うてみたい    康政の母


H23.8.5(2011)
2001年から「生命のメッセージ展」が 開催されて 100回目になります。
和歌山での開催、国会での開催、京都産業大学での開催と講演 和歌山刑務所での開催
などなど この12年の月日が 変らぬ息子との歩みです。
そして H23年8月初旬 柳原三佳さんとのご縁で 遺族となった方々と共に 晶文社より
「遺品」と言う 著書が出版されました。
この「遺品」に書かれている文章に出てくる「ベニア板の落書き」は 丸谷康政の落書きで 
「いのちのミュージアム」にも 続編を鈴木共子さんに 書き上げて頂き 今展示されています。
その画像は ユーチューブの「蝗(いなご)の大冒険とまるちゃん」で検索すると見ることができます。
文章は 柳原三佳さんに 絵は鈴木共子さんに 息子 丸谷康政の この世に生まれ 生きた証として
また 死に様は 生命への尊厳を問いかけるものとして 残す事ができました。

23.4.14 東京朝日放送「スーパーJチャンネル」で 丸谷康政の事件を取上げてくれました。
監察医で有名な 上野正彦先生が「90パーセント他殺だよ」と言ってくださり 12年かかったけれど
多くの人の支えで 世の中が変ってきたことを実感しています。
丸谷康政の傷からは ビルの3階から転落したと言うが警察の言う「頭蓋骨骨折」「胸の骨が3本折れて肺に
突き刺さってる」の傷跡が無い(病院や葬儀の際 身体を洗ってもらう時 全裸になった時確認しました。)
また 警察官が午前3時に現場に居たのに 通報時間が午前3時22分 その後に救急に通報されていた。
 

 
   1、東京朝日放送「スーパーJチャンネル」の画像をご覧ください。 http://www.mika-y.com/
                 
                                       http://mikay.blog44.fc2.com/

   
   2、週刊現代の記事のURLはこちらです。       ttp://mv.nif.co.jp/yanagiharapdf/01b.pdf

   3、 『遺品〜あなたを失った代わりに』の紹介ページはこちらです。冬偏 丸谷康政「ベニヤ板のらくがき」
                      http://www.shobunsha.co.jp/bibliotheca/poetry/ihin.html




H23.1.9 岡山県 岡山ドームにて 成人式を 迎えられなかったメッセンジャーたちといっしょに息子も
6年遅れの成人式をして頂いた。
成人になるまでは 親の責任と言うのに 助ける事も守る事もまた 事件を解決することもしてやれない
自責の念に苦しんできたけど 岡山の成人式実行委員の若者達や多くの人たちのお蔭で 参加させて頂いた。
そして 成人になられる若者たちは 真剣な眼差しで メッセージを読んでくださった。
メッセンジャーたちの命は未来につながったと感じた。

H22.12.29 11回目の命日 感情を押し殺して 様々な仕事を終える事ができるようになった。
これが 他人が言う「時薬」と言うものだろう。しかし 努力や無理が伴うので 頑張ったら 落ち込む
それでも ここまで応援してくださった方々には 感謝しています。
康政の死に関わった人たちが 康政が 味わった痛み、恐怖、悲しみを そのまま 味わってほしいと
願う気持ちには 今も変わりない そして 康政本人に 謝ってもらいたい。母 

H22.11.27.28日 犯罪被害者週間全国大会2010(ハートバンド)参加 岡村勲先生の講演
               ワークショップのコサージュ作りの担当になった。
H22.10.12〜13 和歌山刑務所「生命のメッセージ展」準備、開催 遺族代表で開催
H22.10.16 「生命のメッセージ展INきしわだ」主催 岸和田青年会議所 私共が遺族代表で開催

H.22.9.25 東京日野市 百草コミュニティーセンター(小学校廃校後)に「いのちのミュージアム開設

H22.8.29 仏壇に不思議な 考えられない事が起こった。今日は 月命日

 
 H21.11.28「犯罪被害者週間全国大会2009」が東京で開催された 私共も そこで 少しお話を
してきました。山上先生を始め 諸沢先生からも「3社からのコメントを出してるがしっていますか?」と
言っていただいたり、最高裁の方にも来て頂いたりと 積み重ねた皆さんの努力と好意で ここまで
くる事ができました。これからは 死因究明のシステムや時効の廃止に向けて 様々な取り組みが
始まるのでしょう。         母から 息子 丸谷 康政のために
 

 H21.8.23.24 茨城の常盤大学開催された 第13回国際被害者学シンポジュウムに夜行バスに乗って
参加してきました。
3年ごとに開催され 日本では27年ぶりの開催になるそうだ。
今年のテーマは「被害者学と 人間の安全」だった。
 来賓者の中には タイの王国王女殿下が人身売買の問題を講演し
「あすの会」の岡村代表は
「被害者が前面に立って 法改正などの改定など尽力したが この様なことは日本だけにしてほしい」
国連難民高等弁務官事務所駐日代表は「難民は支援ではなく 人間としての尊厳を尊重されることを望んでいる」
 また この他にも「被害者をフォローし 成長させ 社会に反映する」
「被害者とはすでに被害に遭った人だが 被害に遭う前に安全に」とテーマに添った講演もあった。
 同時に 市民フォーラムがあり 刑事裁判への被害者参加制度が2008.12月できたが 事故事件のそれぞれの
制定前後の違いを経験した被害者がゲストでディスカッションされた。

H20.11.26毎日放送 みのもんたさんの”朝ズバ”・・・「8時またぎ」で
康政の事が放送された。
解剖医から見たアンケートでは 医師不足、犯罪が見逃されていると
答えた解剖医が約80%あった。テレビ画面に映った康政の青く腫れあがった
左目の写真は 康政が蘇って自分で訴えたように思えた。
多くの人が見たと言って応援してくれ ありがたい事です。

H20.11.18「生命のメッセージ展」IN京都産業大学にて講演
柳原三佳さんと私共のトーク形式で行なわれました。
柳原さんから・・・
●「週刊現代」〜変死体事件簿@http://mv.nif.co.jp/yanagiharapdf/01b.pdf
息子さんの突然の死……・検視もされないまま、たくさんの謎を残して「自殺」と
断定されたご遺族の無念を、切々と語ってくださいました。
 真剣な表情で話しに聞き入っていた学生さんたちの真摯な態度が印象的でした。

H20.8,27,28 TBS「イブニング ファイブ」ニュース番組で『死因不明ニッポン』と題して
丸谷康政の事もニュースとなった。反響も大きく 衆院法務委員会の超党派議員団が
死因究明制度の制度改革を求める提言を 28日法務相に提出された。
《制度の役割》
 「犯罪見逃しを防ぐだけでなく、国民の健康と安全の確保、事故の再発防止
  などまで巾広い」

H20.6.7発売●「週刊現代」
〜変死体事件簿@http://mv.nif.co.jp/yanagiharapdf/01b.pdf

(本には6月7日と記載,モデルは井上和香さんで黒っぽい服を着た表紙)
息子「丸谷康政」の事が掲載されています。
ICUで生きようと頑張ってる時に「自殺」と言い捨て 遺書も無く、目撃者も無く
ケガの状態から「自殺」とされた調書に署名捺印を拒否しても 解剖も無く
死後の検死もせず 捜査のお願いしても「感と経験で判断した」と言う。
日本は「死因究明」の必然性が まだまだ 理解されていない  

H20.3.27(木)
ABC放送の”ムーブ”(関西方面)で 康政の事が放送されました。
藤井誠二さんが取材に来てくれ 宮崎さん 大谷昭宏さんがコメンテーターで
現在の司法解剖数のグラフを見ながら 事件が隠れている危険など
話された。
 

H20.2.4
読売新聞に 死因究明や解剖の必要性についての記事が掲載されました。
息子 丸谷康政の事も 載っています。
ぜひ 読んでみてください よろしくお願いします。 


12月29日 八回目の康政の命日
警察にも 踏みにじられた康政の命でしたが 「生命のメッセージ」を
伝え多くの人達から 温かい心を頂き 私は康政の命の尊厳を
回復する日々を歩いてきたんだと 思えてきました。
そして それは 多分 被害者遺族の生きる姿なのだと思う。

読んでほしい本
「焼かれる前に語れ 岩瀬博太郎 柳原三佳 出版社:WAVE出版
この本は 解剖医から見た 司法解剖の現状が書かれています。
日本では 医学の知識の無い警察官が検視し

事件性が無いと判断しやすく 誰もが心臓が止まった状態の「心不全」という「病死」と書かれ
如何に司法解剖、行政解剖が少ないか 
それによって 事件がかくれているかが 書かれています。

ライブドアPJニュースに 掲載されました。
2008.9.17
 D我が国の死因究明制度の実情と問題点」
 弁護士に法医学者とジャーナリストが解説
 大阪弁護士会館で 2008.9.17
 
 C「警察が相手だからしょうがない」と取材をあきらめるマスコミ=8年前の
   野球少年丸谷君の死亡事件 2007.7.24
  
 B大阪ATC会場での「生命のメッセージ展」2007.7.18
 
 A野球少年丸谷君の「飛び降り自殺」は、警察捜査の怠慢か 2006.8.31
 
 @ 「生きる」15歳で逝った息子のメッセージ2005.8.29.
生命のメッセージ展の代表 鈴木共子さんをモデルに悪質な交通事故や
  犯罪撲滅を訴えた物語が映画化されることになりました。
  題名は「0「ゼロ」からの風」
  公式HP http://www.zero-karano-kaze.com/  
  映画上映と「生命のメッセージ展」開催 「生命のメッセージ」展

                             
              「生命のメッセージ展」IN和歌山            
              2004年10月9日(土)〜10日(日)
              和歌山県和歌山市にて開催 致しました。
「生命のメッセージ展」IN和歌山での遺族の声が、法務省から矯正教育に役立てたいと依頼を頂き
被害者の声を伝えたいと言う康政の思いが一つの形になったことを喜んでいます。
和歌山開催の詳細は このページ下の「生命のメッセージ展」をクリックしてください。

        「生命のメッセージ展」IN国会パート2 2006.5.16〜18 開催                       
              http://www.inochi-message.com/~kokkai
和歌山からは 松江小学校の「いのち」の作文 鳴滝小学校の「いのち」の教育指導要項に沿った
資料を国会 憲法記念会館 衆議院議員会館で展示しました。
「いのち」の作文の中に「イカのおすし」ってありました。その他作文には「いのち」を大切にする意識を
色んな所から学んでいる事を 教えていただきました。
開催を主催してくれた学生さん始め議員さんや 多くの人が 「大切な事。よかった。校長先生の話しを
よく聞いている。」など一生懸命書いてくださった小学生の人達に感動していました。 

 

     あなたは   人目の訪問者です。(2000.8.25から)

生きる

marutani yasumasa

                  

写真 丸谷康政

 五月雨をあつめて早し最上川

  

       「生きる」

丸谷康政 15歳 Yasumasa Marutani
15歳の息子 丸谷康政が死んでしまう!と言う恐怖といったい
息子に何が起こったのか信じられない26時間の出来事でした。

康政はICU(集中治療室)の中で”生きたい”と精一杯頑張っ
ている時、消毒用エプロンも付けず警察手帳も持たない6人の私
服の警察官が調書に署名、捺印しなさいと言ってきました。
ICUにずかずかと「土足」で入り込む非常識な警察官
「それでは自殺ということで」と最後のむごい一言・・・・
私はこの残酷で冷血な警察の言動 行動を忘れる事ができません
「康政は死ぬ前に警察の書類で先に殺されてしもたわ」
それが私の感想です。
命より「上司の命令だから」 「仕事に忠実でね」と言う警察官
後で分かった事ですが 警察の書類には言った事とは全く違う言
葉が記入され 救急隊の書類にも私は会ってもいない 見てもい
ない救急隊員との会話文が記載されている事が判明しました。
息子のケガの状態は警察官が言うビルの3階から転落したものとは
思えないものでした。司法解剖もしてもらえませんでした。
「なぜ してくれなかったのですか?」と聞くと「警察は24時間
しか権利がないのです。お宅の息子さんは2時間オーバーして生き
たからです」と説明されました。
そんな納得の行かないたくさんの疑問を再捜査要望書にまとめて
提出しましたが、1年余り経った今も警察からは何の連絡も返答も
ありません。

この様に息子を亡くして初めて、被害に遭った者が警察の心無い
捜査で真実を知る事ができない現実を知りました。
私は今もICUで見た息子の涙を思い出す度、心がつぶれそうな
思いです。真実が解らないから、今も心はあの日から進めない。

                              丸谷康政 母
“To Live”

Yasumasa Marutani 15 years old


“I feel mortified…. Behavior of police officers at the hospital has 
come back, whenever I recall the moment my wife and a daughter have 
sent my son off as they have placed the lunch box into his coffin.”

  While my son struggled to live in ICU room, 6 police officers 
without police credentials came in and said “Here’s a record of 
investigation. Please sign and place a seal.”  We refused their 
request, and then they told us that it should be a suicide case, and 
left the hospital.

  “Yasumasa has been killed upon the face of the document even he is 
still alive.”  Even now, I cannot forget that fear.

  As having observed a puffy bruise on his left eye, nose breeding and 
clamped lips, those could not be caused by jump from the third floor 
which was reported by police department. After his death, the 
explanation from the police department regarded the incident as a 
suicide case though no picture had been taken or no investigation had 
been performed.

   With False report, there were no eye witness, no suicide note, no 
autopsy and no anatomy and when we made plea for investigation, police 
officers told us strictly that they had judged the case by instinct 
and experiences.


Please visit our website “To Live”

                                                                                                   
PJニュース

野球少年丸谷君の「飛び降り自殺」は、警察捜査の怠慢か

【PJニュース 08月31日】− 昨今、事件における警察の初動ミスや警察捜査の怠慢が問題視されている。今から約7年前の1999年12月28日、和歌山市内の中学に通う15歳の野球少年、丸谷康政君は、自宅近くのビルから転落し、病院に運ばれた後、死亡した。管轄の警察は、丸谷君の死を「ビルからの飛び降り自殺」と断定した。しかし、丸谷君のご両親は、息子は「自殺なんかじゃない」と、事件から7年経過した今も、訴え続けている。

 丸谷君の死を巡って、警察の初動ミスや面倒だから捜査をしたくないという警察の怠慢などはなかったのだろうか。記者は昨年8月、丸谷君のご両親に、息子さんが死亡した直後の思い、息子さんが死亡された後に遺族として起こした行動などについて取材した。今回は、丸谷君が死亡した直後の警察の初動捜査の実態について、ご両親に当時の状況を聞いてみた。

 −事件当日、誰から息子さんの死を「自殺」だと聞かされたのですか。
 「息子が救急車で病院に運ばれ、ICUで医師が治療にあたってくださっているときに、警察手帳を持たない6人の警察官たちから、『自殺』を認める書類に署名捺印を要求されました」

 −そのときは、息子さん、医師にICUで治療してもらっているときですよね。
 「そうです。まだ、息子は生きているときに、『自殺』としての調書をとられたのです」

 −拒否はしなかったのですか。
 「拒否をすると、息子の着衣を貸してほしいと言われました。なぜ、自殺と言う書類が出来あがっているのに着衣が今頃必要なのですか。着衣を見るならこの場で見てくださいといい、警察官たちは、私の要求を一旦、了解してはくれたのですが、結局、息子の着衣の入った袋を持って、車で走り去ってしまいました」

 −警察官たちが持ち去った息子さんの着衣は、その後、遺族のもとに、返還されたのですか
 「はい、返してもらいました」

 −息子さんの治療にあたった医師からは、何か説明を受けましたか。
 「医師に『先生、殴られたキズと そうでないキズと見分けられませんか?』と訪ねると『警察がビルの3階から転落したと言っていますから』と、私の質問には、まともな答えがかえってきませんでした」

 −息子さんは12月28日にビルから転落し、治療の甲斐なく死亡されたのはいつですか。
 「息子は翌日の29日、息を引き取りました。死因は『病死』となっています」

 −死因が病死とは、死体検案書の死因の項に病死にチェックが入っているということですか。
 「死体検案書の文字を二重線で消し、死亡診断書となっていました。死因の種類は@病死及び自然死に丸印が入っていました。死因の原因は脳挫傷、頭部打撲です」

 −司法解剖はしなかったのですか。
 「司法解剖はされませんでした。警察の説明によると、司法解剖しなかったのは、『警察は24時間しか司法解剖する権利がない、息子さんは2時間オーバーして生きたから』と言われました」

 −通常、警察は死体検案時に、死体の写真を撮りますが、その写真を警察から見せてもらうことはできましたか。
 「警察は、死亡した息子をみていないし、写真を一枚も撮っていませんでした。私たち遺族が撮った息子の腫れた青アザや、血のついた顔写真を見せると、警察は『写真を撮っていないので、1枚くれませんか?』といわれました」

 −ご両親は、警察に息子さんの写真をあげたのですか。
 「いいえ。生きてる息子に死亡を認めさす警察を信用できませんでしたからあげませんでした」

 −治療にあたった医師には、その後、詳しい話を聞く機会はあったのですか。
 「3年半経ったころ、医師と話しをする機会がありました。もっとも、何度も面談をお願いして、一カ月かかって、やっと話しを聞くことができました」

 −医師と話をして、何か、新たな事実は分かりましたか。
 「3年半たって出てきた息子のレントゲンの名前は『A』となっていました。事件直後、レントゲンを見ながら『先生、この首の後ろから脊髄に向かって突き刺さった針はなんですか?』と質問したレントゲンがなかったので、『あのレントゲンはどこにあるのですか』と聞くと「そんな物は初めからありません、異議があるのなら正式な手続きをしてから来てください」との事でした」

 −事件直後の息子さんのレントゲンを再度、見せてもらえなかったのですか。
 「見せてもらえませんでした。でも、その時、医師は、今まで見せてくれなかったレントゲンを、たくさん出してきました。月日が過ぎても医師があのレントゲンを隠さなければならない理由を考えると、警察への度重なる不信が確実になって行くばかりで、体が固まって動けなくなってしまいました」

 −事件から7年経過した今、警察や医師に対する思いは、どのようなものでしょうか。
 「現場に立つ人の気持ち次第で、どんなに医学や捜査科学が進歩しても私達の所にまで届かず、真実が捻じ曲げられてしまうことがあるのだということも、わかりました」

 「息子は、歯型が残るほど くちびるを噛み締めていました。くちびるの状態から、息子がどんな恐怖や痛みに遭ったのかと思うと悲しみが募るばかりです。ですが、ただ、単に悲しいだけでは済まないことを、息子の死を通して出会った私たち遺族と同じ体験をした被害者から、学ばせていただきました。遺族の主張は、いつまでも訴え続ける必要があると思っています」【了】

H.11年(1999年)12月29日                   
息子、丸谷康政(15歳)が亡くなりました。            
警察からは「ビルの3階から飛び降り自殺」と言われましたが 
息子の体の状態、状況からは あまりにも納得できないのも 
でした。ICUで治療中の息子に対する警察の行動に疑問を  
持った私達は この事件の真実を追究する為 そして この 
事件に関わった警察官の人達に「もっと命を大切に扱って  
ほしい」と言う思いを込めて また たくさんの方々には    
自分の大切な人を守る為に この「鳥徳ビルに関する事件」
を役立ててもらえる事を息子、康政の供養と思い このHPを
開きました。    
「自殺」とされましたが・・・・
少年犯罪被害当事者の会,Will
「生命のメッセージ」展
生命の手記
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