生命の手記
栃木県那須郡 父
栃木県北東部の小さな田舎町に住み、理容業を営み一男一女の宝に恵まれ、
二人の子供の教育が終わり、これからは長女の結婚資金と長男が私達の商売を継がず会社員にと進路を決めたため、私達は一生を長男に託す意味で長男の家を建てる応援ができるようにと仕事に精を出し頑張っていました。
しかし、会社に入社して半年くらいから、定期的に実家に泊まりに来ていた長男が実家に帰って来なくなりました。
会社の寮にも戻らず、連絡も一方的にかかってくる電話しかありませんでした。
直後より借金の返済を求める友人が連日、私どもを訪れるようになり、栃木県警に捜査願いを出し長男の行方を捜しました。
警察には遂一情報を提供して、長男が事件に巻き込まれている可能性を訴え捜査要請を繰り返しましたが、
私達の要請を放置するばかりか、反対に考えすぎだと頭から押さえつけられる態度に、
自分達で長男を救わなければと、商売を放りだし行方を捜し歩きました。
自力で長男を監禁しているグループを捜し出し県警には、その都度電話で報告し続けて来ましたが、
1999年12月2日、証拠を隠そうとした犯人グループ(当時皆19歳)の手で絞殺されました。
長男の口座に振り込まれた給料を引き落とし、殺害隠蔽のための用具を手に入れ、長男の見ている目の前で山中に埋める穴を掘り殺害しコンクリート詰めにしたのです。
グループの主犯は、栃木県警の警察官の次男であり、当時報道で「栃木リンチ殺人」として社会に大きく報じられた。