生命の手記

     東京都 母


 この男か。右目がけいれんを始めた。私と法廷で目を合わせた息子の命を奪った男は身じろぎもせず私の目を見返した。そして私に謝らず裁判官に謝った老人の男。白内障の薬を取りに行く途中での事故で、宣告の言葉も「よく読めないが、視力はよく」と言った加害者。裁判官が「遺族への謝罪する気はないのか?」と尋ねると「人間だから間違いもある」。殺さなくてよかった、この男は殺す価値もない。
 息子の成長が頭の中で飛ぶように見えた。そして20歳の年で止まる。バイクとガンダムが好きだったのでヘルメットにガンダムのマークを描いていた姿を思い出す。まさかそれが暴走族に間違われたなんて・・・。
 警察署の見解は「左折中の車にぶつかってきた」。死亡診断書には、まるで自殺扱いの事が書いてあり、勿論事故証明も加害者の甲の欄に息子の名前。「どうです?」と言う顔でその書類を出した保険会社。「何をそんなに急いでたんです?スピードは100キロ以上だったらしいですよ」と刑事の言葉。
 あれから4年・・・。「マンホールですべって自分の車に突っ込んできた」と言う加害者の言葉から再捜査となったが、マンホールなど無かった。「死亡診断書は検察医が勝手に書いたので書き直すよう頼んだがだめだった」と警察の弁明。しかし、私は見てしまった。警察の、こう書いてくれの指示書と、たれ目だったはずの息子のつり上がった目と素裸の写真。なにより「事故の日以来警察からは電話もないし、会ったこともない」などとその医者はいった。そして、死亡診断書は書き直され、事故証明の息子の名前は乙となり、スピードは半分になった。
 お骨を抱いて町中、息子を捜した。バカみたいだった。部屋にあなたの骨を並べて片っ端から飲み込んだ。ふとんとトイレの間しか移動できなかった時が数ヶ月あっただろう。桜の花が咲くのが嫌だった。お正月の「おめでとう」が未だにいえずにいる。
 大吾、お母さんの敵は何なのか、わからなくなった。日本という国の司法?やっぱり加害者?それとも自分なのだろうか?何が正しいのだろう。
 前の日にあなたが食べたいと言ったクリームシチューをいつか作れる日がくるだろうか?闘いはまだまだ続くらしい・・・。






トップへ   生命の手記目次へ