生命の手記


     愛知県 母


 9月2日、この日は、交通事故で息子・将大の命が奪われた悲しい命日です。私は毎年夏が近づくと、あの日のあの時間のあの瞬間が蘇り七年過ぎても「痛いよー、死にたくないよー」と訴える息子の声が突き刺さります。
 息子は見通しの良い直線道路を歩行中、後方からの加害者車両に跳ねられて7歳で天国に旅立ちました。
 私は突然の別れが受け入れられず息子の姿を捜し求めて泣き崩れていました。しかし、加害者からは謝罪の言葉もなく、前方不注視で後方から追突しておきながら「子供が飛び出してきた」と自己保身したため、たった60日間の免許停止で許されてしまいました。交通事故で命を奪った刑の軽さに愕然となり悲しみが深まる一方でした。
 私たち遺族は、加害者は息子に汚名をきせて、警察は事故の真相究明をしないことが許せず、息子の無念な思いを握りしめて民事裁判を起こしました。
 加害者は当初「30キロ走行で回避運転し、急ブレーキもかけたが衝突した。子供の飛び出し事故だ」と強気でしたが、裁判での供述は、次々と変わり、あいまいで一貫性がなく虚偽の弁解ばかりで呆れました。
 私たちは事故状況を把握するために辛い事故現場であっても写真撮影をしたり、目撃者や、医師や救急隊員から詳しい話を聞くために駆けずり回りました。不起訴理由で情報開示がなく被害者なのに知る権利も与えられない侮辱も受けましたが、専門の法医学鑑定では「本人は気がつかぬまま時速50キロで後方から衝突された」という結果で精神的に救われました。
 当然判決は「子供に過失はなし」と勝訴し、やっと飛び出しではなく追突事故と宣言でき肩の荷が少し軽くなりました。けれども「息子に会いたい、抱きしめたい」。生きていれば当然のことができない悲しみは一生続き、加害者への憎しみは消えることはありません。
 メッセージ展会場では、尊い命を理不尽に絶ちきられた叫び声が聞こえてきます。その中で息子もメッセンジャーとしてたくましく生きているようで私の心が癒されます。
 どうか和歌山の皆さんも会場に来て、命の温もり、大切さを感じて頂きたいと思います。



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